創業以来の105年を振り返って

 明治43年(1910年)にうどん等のめん類製造を始めて以来、皆様方に支えられ幾多の困難を乗り越えて105年の年月を経る事ができました。まさにお客様の様々なご支援のお蔭であると深く感謝申しあげます。

 一世紀を超える仕事の歴史を振り返りますと、創業の地(岐阜県山県郡保戸島村側島=現在は岐阜県関市側島)で初代の桜井捨吉が電気の無い地域でしたが、足踏み式や手回し式の製麺機を購入しうどん製造を始めました。この時代は近在の農家さんの小麦をお預かりして、うどんや冷麦への加工を中心にしていました。

 大正2年(1913年)には捨吉の弟である与三吉が仕事を継承する事となりました。

 大正8年(1919年)に岐阜県武儀郡関町萬屋町(現在は関市本町8丁目)へ移転しました。この頃は全国各地で産業振興のために開かれる博覧会にうどんや冷麦等の乾麺を出品し、数々の栄誉を頂く事が出来、店頭販売が順調に出来るようになりました。

 太平洋戦争の時代は国策による企業合同によって、近在の同業者と共同で食糧供給への協力を推進しました。

 戦後になってからは乾麺や生めんを製造して八百屋さん等への卸業務を中心に行っていましたが、昭和43年(1968年)になって、2代目の桜井与三吉が食品添加物や農薬の害や危険性について教えられたことにより添加物は使用しないという一大転換をし、無漂白うどん等のめん類の製造を開始しました。当時はすべての小麦粉が漂白されていましたから、無漂白小麦粉の製造を製粉会社に特別に作って頂くお願いをする事も大変な事でした。この時は同時に着色料を使用していた「中華そば」や松茸の香りのする人口香料を使用した「松茸うどん」の製造を中止しました(この松茸うどんは良く売れました)。

 当社の麺類は無漂白のためにお店で他社品と共に陳列しますと、色が悪い(くすんだ色)ということで売れ行きが大幅にダウンし、このままの売れ具合では麺類の製造は廃業する以外にないと相談を始めた時に、合成甘味料チクロの発がん性についての可能性、お豆腐に使用されていた防腐剤のAF2の安全性に対する疑い等が報道されて、消費者の方が添加物を使用しない食品を求められる時代となって生き残る事ができたのです。カーソン女史の「沈黙の春」や有吉佐和子さんの「複合汚染」が読まれていたこの頃が自然食品の小売店さんや卸問屋さんが出来始めた時代です。

 昭和47年(1972年)には国内初の無添加ラーメン「純正ラーメン」の発売を開始しました。この即席麺は消費者の皆様が待っていたと言っていただけるヒット商品となりました。

 昭和52年(1977年)には美濃加茂市加茂野町(現在の本社です)に移転をしました。丁度この年にフランスで当方の純正ラーメンを食べて頂いていた方が、商社の方にお豆腐用のニガリと共に純正ラーメンをフランスへ出荷してほしいという話があって、ラーメンや乾麺等の輸出が始まったわけです。

 海外への輸出はフランスを皮切りにして、オランダ、イギリス、米国、オーストラリア等へ広がっていきましたが、平成2年(1990年)頃になると海外のお客様は無添加食品よりはオーガニック食品を目指してほしいとの声をいただき、地元や北海道の農家さんにお願いして有機栽培の小麦やお米、そばを確保するに至ったのです。

 平成6年(1994年)には円相場が急上昇し、1米ドルが100円以下になった頃、即席ラーメンの海外への輸出は注文が来なくなってしまいました。即席ラーメンの輸出を始めた時は1米ドルが270円だったのです。現地での小売価格が当初は1食1.5米ドル程度であったのが3ドルを超えてはとても売れるという具合にはいきません。やむなく、当方の即席ラーメンを取り扱っていただいていたサンフランシスコの会社の商品を輸入して国内で卸売をしたのが輸入業務の始まりです。

 平成10年(1998年)から3ヶ年は米国の有機認証団体OGBAにより、麺類の製造を中心にして原料の畑から製粉、麺類への加工、出荷等の各段階での有機性の確保についてトレース検査を受け、米国を中心にオーガニック食品として輸出をしました。その後、 平成14年(2002年)からは日本の有機認証団体アイシーエス日本による同様の検査を受けています。

 平成17年(2005年)、岩手県一関市にて子会社の桜井農場によって約60,000㎡の有機農場を取得しました。ここでは小麦、大麦、そば、大豆等を輪作しています。同地域の他の有機圃場の小麦等も入手して有機小麦粉や有機パン粉等に使用しています。

 平成22年(2010年)には世界的な食品基準であるISO22000を取得して、安心と安全を一層追求する食品作りの仕組みを整え、毎年レベルアップを重ねてきています。

 平成26年(2014年) 岐阜県内の若者が選ぶ魅力的な会社100選の一つに選んでいただき、一層魅力のある会社を目指さなければと思うに至りました。

 過去を振り返ってみますと、その時々の時代の流れの中で生かされてきたという事を改めて感じます。お役に立てる食品作りがお客様の支持を頂け、今日までこれましたことに深く感謝申しあげます。

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